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㈱谷中田美術作業日誌

yachudaart.exblog.jp

弊社の仕事を紹介します

カテゴリ:昔のお仕事( 16 )

昭和51年、北海道釧路市に5代目「幣舞橋」が架橋されました。翌年の昭和52年5月橋の欄干に「道東四季の像」として、春の像 舟越保武作・夏の像 佐藤忠良作・秋の像 柳原義達 作・冬の像 本郷新作のブロンズ彫刻が設置されました。当時はまだ高速道路も整備されて無く、東京から釧路への作品運搬も大変だったそうです。弊社資料に昭和52年5月3日の除幕式の写真が有りましたので、現在の幣舞橋と合わせてアップロードします。紅白幕が昭和を感じさせます。
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by yachudakunihiro | 2015-08-28 16:16 | 昔のお仕事
社内を廻って見たら凄い物を発見しました。箱ジャッキです。
箱ジャッキとは狭い場所などでハンドルを回転させて重量物を持ち上げるジャッキです。
主に石材や家の曳家(ひきや)などで使用されていました。この箱ジャッキはどう見ても50年位は経っていると思います。たぶん昔は油圧ジャッキやフォークリフトが無かった時代ですので、この箱ジャッキと三又、滑車などを多用して大型の石彫や銅像を設置したのだと思います。
今度、稼動するか試してみようと思います。
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by yachudakunihiro | 2014-07-18 16:52 | 昔のお仕事
弊社で使っている一番古い機材は写真の電動ノコ機です。
昔は作品運搬時によく木枠・木箱を使っていて、木枠などは自社製作していました。
今でも、特注で木箱などは製作しますが、ほとんどが外注したり、段ボール箱で対応しています。
写真の電動ノコ機は初代社長の頃から使用していますので、約50年はたっています。
ここまで使用すると変な愛着が湧き、処分も出来ません。今でも時々使用しています!!
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by yachudakunihiro | 2014-07-18 16:36 | 昔のお仕事
平成18年4月に東京都台東区谷中にある瑠璃光山長久院にて永代供養堂の上にブロンズ製の観音菩薩像を設置しました。この仕事では、弊社にて作家に観音菩薩像の制作を依頼して、鋳造所への運搬・本設置など全て一から関わりました。作者は日展の彫刻家、嶋田秀男氏です。仏像の設置の仕事は、ほぼ永久的に作品が残るので、やりがいが有ります。
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by yachudakunihiro | 2014-05-15 16:00 | 昔のお仕事
JR上野駅構内に裸婦3人群像彫刻(作品題名:三相 知情意)が設置されています。作者は文化勲章受章者の彫刻家・朝倉文夫氏(1883~1964)です。この作品は上野駅開設75周年式典に出席した朝倉先生が上野駅の開設が明治16年で朝倉先生と生誕が同じ事から、台東区を通じて日本国有鉄道(現JR)に寄贈設置されたとの事です。作品設置は昭和34年5月5日です。
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今でこそ屋内のブロンズ作品の設置などは、小型クレーンやフォークリフトでさっと持ち上げてすぐに設置できますが、当時は写真のように、丸太の三又をつかって作品を吊りあげて設置していた様です。よく見ると作品を運んでいる車両はオート三輪の様です(笑)
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by yachudakunihiro | 2013-08-05 10:35 | 昔のお仕事
御木本幸吉氏は御木本真珠店(現・ミキモト)創業者で真珠の養殖とそのブランド化などで富を成し真珠王と呼ばれた人物です。御木本氏が世界で初めて真珠の養殖に成功したのが、三重県鳥羽市のミキモト真珠島で現在この島は鳥羽の代表的な観光施設です。
作者は文化勲章受章者の彫刻家・北村西望氏(1884~1987)です。
この銅像は東京都日暮里の菓子鋳造所でブロンズ鋳造され昭和28年(1953年)に健立されました。当時は戦後最大級の大きさ「高さ12尺(375cm)、重さ650貫(2450kg)」だったそうです。
当時この大きさの銅像を運搬設置するのは大変な作業だったと思います。
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by yachudakunihiro | 2013-07-25 17:08 | 昔のお仕事
昭和49年(1974)に建立されたJR高田馬場駅前ビッグボックスの手前にある駅前広場の平和の女神像です。この像は東京藝術大学名誉教授の山本豊一氏の製作です。昭和49年に高田馬場再開発記念として健立され、駅前には噴水が造られ、その中央にこのブロンズ像が据えられました。当時の高田馬場駅前は高層ビルも無くのんびりしています。残念ながら、駅前の再開発がどんどん進み駅前は常に工事をしている状態になり、いつの間にか噴水は取り壊され、この像だけが移設され残りました。
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         それにしても昔の除幕式は規模が大きいです。
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        現在の高田馬場駅前の平和の女神像です。(写真が悪くてゴメンナサイ)
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       高田馬場再開発記念碑です。元早稲田大学総長大浜信泉氏の文章が記載されています。 
by yachudakunihiro | 2013-07-20 17:40 | 昔のお仕事
1958年(昭和33年)名古屋駅前東口正面ロータリーに建造された青年像です。昭和世代の名古屋市民には懐かしい像だと思います。作者は名古屋市出身で日本芸術院会員の彫刻家 野々村一男氏(1906年~2008年)です。この像は戦後から復興した名古屋市の象徴として、昭和32年市営地下鉄が開業した翌年、名古屋駅前に建造されました。名古屋市のシンボルとして長い間、市民に親しまれていましたが地下鉄桜通線の工事の為1984年に撤去されてしまいました。その後、名古屋駅前東口正面ロータリーには市制100周年を迎えた1989年に世界デザイン博覧会に合わせてモニュメント「飛翔」が建造されています。野々村一男氏の青年像は1986年に名古屋市中区の名城公園内に緑に囲まれ移設されて、訪れる市民の目を楽しませています。野々村一男先生と弊社の先々代社長の谷中田國雄は同じ歳(明治39年生まれ)との事で、戦前から大変懇意だったそうです。野々村一男先生はご長寿で2008年101歳で永眠なされました。
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           名古屋駅前の青年像です。
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青年像の原型(石膏像)は名古屋で制作されましたが、写真ではブロンズ像を貨車で運搬しています。ブロンズ像は東京の鋳造所で作製されました。写真は名古屋駅の貨車ヤードです。
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     在りし日の弊社先々代社長の谷中田国雄と青年像です。
by yachudakunihiro | 2013-03-11 13:46 | 昔のお仕事
前回、仙台市の第4代横綱谷風像の設置を紹介しましたので、今回は大相撲つながりで内閣総理大臣杯を紹介します。弊社の昔の写真を整理していたところ、どこかで見た事があるカップの写真が……。前社長に確認しましたら、約40年程前に弊社でこの内閣総理大臣杯を運搬していたそうです。数年間は各場所を運搬していましたが担当者が変更になり、弊社で運搬する事もなくなりました。現在はどのように運搬しているか気になるところです。ちなみにこの内閣総理大臣杯は、昭和42(1967)年、時の総理大臣佐藤榮作と日本相撲協会時津風理事長(横綱双葉山)との話し合いによって、国技振興のために「内閣総理大臣杯」を幕内最高優勝者に贈ることが決まりました。昭和43年1月場所以降の優勝力士に贈られていて、台座に優勝力士のプレートが貼られるそうです。写真を見ると、まだ優勝プレートが3枚しか貼っていないので昭和43年だと思われます。ちなみに、この優勝杯の重量は40,8キロだそうです。
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by yachudakunihiro | 2013-03-09 07:50 | 昔のお仕事
昭和46年7月に仙台市青葉区の勾当台公園(こうとうだいこうえん)に第4代横綱谷風像を設置しました。この銅像は等身大で制作されていて当時横綱谷風の大きさを実際に感じる事が出来ます。作者は翁観二先生です。第4代横綱谷風梶之助は、仙台藩・陸奥国宮城郡霞目村(現・宮城県仙台市若林区霞目)出身で江戸時代の大横綱です。大相撲史上屈指の強豪とされ、また力量・人格の面で後の横綱の模範とされました。1778年3月場所初日から1782年2月場所7日目まで、分・預・休を挟みながら江戸本場所で土付かずの63連勝をし、約150年後に双葉山が69連勝を達成するまで最多連勝記録保持者でした。この像は現在も勾当台公園の同じ場所に約40年間建っていますので、仙台に行った際には是非一度見てください。
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by yachudakunihiro | 2013-03-08 17:07 | 昔のお仕事

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